【椿―tsubaki―13】






「だって店を辞める直前は感じなかったんですよ?」
「だからってあんなに強く拒むなよ。俺に気を使うならなおさら……」
 事後、慌てて布団を用意した数馬は、二人一緒に寝そべっている時、春哉の告白を聞いた。

「……すみませんでした……」
 春哉は数馬の胸板に頬をすり寄せて謝る。その動作はどこか手馴れていて、単純な自分を丸め込む術だと言われているような心地さえした。
(コイツ、絶対反省してない)
 内心そう思ったが、悪い気はしないので声には出さない。
「でも、今日のは感じただろ?」
「うっ……は、はい……」
「じゃ、もういいって。それより、これからは拒むなよな」
「だからって毎日は絶対にしませんからね!!」
(春哉の奴、ホントに俺のこと愛してるのかよ……)

「あ、そうだ」
 そういえば渡されていたものがあった。あの豪華なかんざし。和泉屋の野郎からのものだったが、あまりに高価なものなので、見せずに捨てることははばかられた。
「これ、和泉屋の野郎がお前にって……」
 布団から出て、脱ぎ捨てられた自分の着物から袱紗(ふくさ)に包まれたかんざしを取り出すと、春哉は予想通り、嫌そうな顔をした。
「こんなもの、要りません」
 半身を起こしていた春哉はそれをひったくり、力任せに投げつけた。蝶と花の部分が見事に割れ、無残に畳に転がった。
「春哉……」
「こんなものっ……」
 嗚咽を噛み殺して両手で顔を隠している。肩がふるえ、長い髪が滑り落ちた。
「春哉、もういいから泣くな。……俺の稼ぎじゃ、あんな豪華なもんは買ってやれねェんだが、でもこれ、受け取ってもらえねェか?」
 春哉がおもむろに顔を上げると目の前にかんざしが差し出されていた。先ほどのかんざしに比べると明らかに安物であるが、大輪の椿の飾りが印象的なかんざしだった。

「これは……?」
「お前を探す道すがら、目に入ってな。最近、何も買ってやってなかっただろ?……でもあんな豪華なかんざしの後じゃ、どんなもんもパッとしねェよな」
 しばらくぽかんとしていた春哉は、俺に声をかけられてやっと正気を取り戻した。 「そ、そんなことありませんッ!……すごく、嬉しい……」
 春哉は差し出されたかんざしをそのままに、手早く簡単に自分の髪を結った。そして数馬の手からかんざしを大事そうに摘み取り、しばらく眺めた後、髪に挿した。

「見立てどおりだ。とても似合ってる」
「……ありがとうございます」
 満面の笑みを浮かべた春哉はとても美しい。数馬は照れて赤面しそうな自分を隠すため、少しうつむく。
「泣いたり笑ったり忙しい奴だよな、お前って」
「数馬さんだって……あ、そういえば白粉……」
 和泉屋の目くらましに使ってしまったあの白粉。昨晩数馬が抱いてきた女郎に触発されて自分も化粧などしてみようかと思って買ってみた。
「そんなことまで……お前ってホントに直情的というか……」
「だって昨日は白粉の女郎の白粉の匂いに惹かれたんでしょう?だったら、私も白粉塗って紅さして、久しぶりに昔みたいにしてみようかなと思ったんです」
「で、俺の気を引こうとしたのか?――――――なんだお前、求めてたんじゃねェか」
 ニヤっと笑って春哉を眺める。数馬の視線がよほど恥ずかしいのか、春哉は布団を引き寄せ、顔を隠そうとした。
「だっ……、だって!!」
「自分が感じねェから、俺がいい気しねェからって思ってても、やっぱり身体は正直だよな。今日だってしっかり感じてたし……」
 そこまで言ってから己の失言を悟った。春哉は不機嫌極まりないといった表情で数馬を睨んでいた。
「……そうまで言うなら今日の夕飯は抜きです。せっかく数馬さんの好きな煮物でも作ろうかと思ってたんですけど」
「嘘、嘘!!あー、お前の化粧した姿、久々に見たいなぁ……。今度綺麗な着物でも買ってやるから、な?」
「知りません」
「あー、じゃあ何が欲しい?そうだ、金平糖がいいか?それとも水飴?お前、甘いもの好きだからなぁ」
「なんか、だんだん商品の価値が下がっているような気がするんですが?」
「なぁなぁ!春哉ぁー!!」



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